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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(行ツ)70号 判決 1985年1月22日

上告人

中野マリ子

右訴訟代理人

柴田信夫

菅充行

谷池洋

仲田隆明

松本剛

同訴訟復代理人

庄司宏

被上告人

外務大臣

安倍晋太郎

右指定代理人

藤井俊彦

外八名

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人柴田信夫、同菅充行、同谷池洋、同仲田隆明、同松本剛の上告理由第一について

外国旅行の自由は憲法二二条二項の保障するところであるが、その自由は公共の福祉のために合理的な制限に服するものであり、旅券発給の制限を定めた旅券法一三条一項五号の規定が、外国旅行の自由に対し公共の福祉のために合理的な制限を定めたものであつて、憲法二二条二項に違反しないことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二九年(オ)第八九八号同三三年九月一〇日大法廷判決・民集一二巻一三号一九六九頁)。これと同旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

同第二について

原審の適法に確定したところによれば、上告人が昭和五二年一月八日被上告人に対し渡航先をサウディ・アラビアとする一般旅券の発給を申請したところ、被上告人は上告人に対し「旅券法一三条一項五号に該当する。」との理由を付した同年二月一六日付けの書面により右申請に係る一般旅券を発給しない旨を通知したというのである。

旅券法一四条は、外務大臣が、同法一三条の規定に基づき一般旅券の発給をしないと決定したときは、すみやかに、理由を付した書面をもつて一般旅券の発給を申請した者にその旨を通知しなければならないことを規定している。一般に、法律が行政処分に理由を付記するものとしている場合に、どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきである(最高裁昭和三六年(オ)第八四号同三八年五月三一日第二小法廷判決・民集一七巻四号六一七頁)。旅券法が右のように一般旅券発給拒否通知書に拒否の理由を付記すべきものとしているのは、一般旅券の発給を拒否すれば、憲法二二条二項で国民に保障された基本的人権である外国旅行の自由を制限することになるため、拒否事由の有無についての外務大臣の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、拒否の理由を申請者に知らせることによつて、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものというべきであり、このような理由付記制度の趣旨にかんがみれば、一般旅券発給拒否通知書に付記すべき理由としては、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して一般旅券の発給が拒否されたかを、申請者においてその記載自体から了知しうるものでなければならず、単に発給拒否の根拠規定を示すだけでは、それによつて当該規定の適用の基礎となつた事実関係をも当然知りうるような場合を別として、旅券法の要求する理由付記として十分でないといわなければならない。この見地に立つて旅券法一三条一項五号をみるに、同号は「前各号に掲げる者を除く外、外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」という概括的、抽象的な規定であるため、一般旅券発給拒否通知書に同号に該当する旨付記されただけでは、申請者において発給拒否の基因となつた事実関係をその記載自体から知ることはできないといわざるをえない。したがつて、外務大臣において旅券法一三条一項五号の規定を根拠に一般旅券の発給を拒否する場合には、申請者に対する通知書に同号に該当すると付記するのみでは足りず、いかなる事実関係を認定して申請者が同号に該当すると判断したかを具体的に記載することを要すると解するのが相当である。そうであるとすれば、単に「旅券法一三条一項五号に該当する。」と付記されているにすぎない本件一般旅券発給拒否処分の通知書は、同法一四条の定める理由付記の要件を欠くものというほかなく、本件一般旅券発給拒否処分に右違法があることを理由としてその取消しを求める上告人の本訴請求は、正当として認容すべきである。原判決が右の程度の理由の記載をもつて旅券法一四条の要求する理由付記として欠けるところがないとしたのは、法律の解釈適用を誤つたものといわざるをえず、これをいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件一般旅券発給拒否処分を取り消した第一審判決は結論において正当であり、被上告人の控訴はこれを棄却すべきものである。

同第三について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

旅券の本来の機能は、外国に渡航する国民に対し、その所属する国が本人の身分や国籍を証明し、外国官憲に便宜の供与と保護とを依頼するとこうにあつたが、現在では、諸外国とも旅券を所持しない外国人を一般に入国させないという国際的慣行が確立しているから、およそ外国に渡航しようとする者にとつて旅券の所持は必要不可欠であり、したがつて旅券の発給は出国の許可と同じ働きを持つものであり、その発給拒否処分は外国渡航の禁止の効果を持つことになる。そこで、本件は、国民の持つ外国渡航の自由の制約にかかわる論点を提起するものといえる。私もまた、旅券法一三条一項五号の規定が憲法に違反して無効であるとすることはできない、しかし、本件一般旅券発給拒否処分に付された理由は、その付記を求める法の要件をみたすものではなく、本件一般旅券発給拒否処分は違法として取り消されるべきであると判示する法廷意見に賛成するものであるが、この問題は、国民の海外渡航の自由の制限の合憲性という重要な論点にかかるものであるから、以下に、この点に関する若干の意見を補足しておくこととしたい。

一 所論(上告理由第一)は、海外渡航の自由は憲法二二条二項において保障された基本的人権であるとし、旅券法一三条一項五号の規定が憲法の右規定に違反すると主張している(上告人は一審以来一貫してそのように主張する。)。そして、原判決の引用する第一審判決もまた、海外渡航の自由が憲法二二条二項の保障するところであることを前提としている。この点は、同項にいう外国に移住する自由には、外国に一時的に旅行する自由も含まれると解する当裁判所の判例(最高裁昭和二九年(オ)第八九八号同三三年九月一〇日大法廷判決・民集一二巻一三号一九六九頁)に沿うものである。

しかしながら、私の意見によれば、日本国民が一時的に海外に移動する形で渡航する海外旅行はもとより、勤務や留学などの目的で一定期間外国に居住する場合であつても、日本国の主権による保護を享受しつつその期間を過ごし、再びわが国に帰国することを予定しているような海外渡航については、その自由は、憲法二二条二項にいう外国に移住する自由に含まれるものではない。同項は、日本国民が日本国の主権から法律上も事実上も離脱するという国籍離脱の自由と並んで、外国に移住する自由を保障しているが、この自由は、移住という言葉の文理からいつても、その置かれた位置からいつても、日本国の主権の保護を受けながら一時的に日本国外に渡航することの自由ではなく、永久に若しくは少なくとも相当長期にわたつて外国に移住する目的をもつて日本国の主権から事実上半ば離脱することの自由をいうものと解されるからである(前記大法廷判決における田中耕太郎裁判官及び下飯坂潤夫裁判官の補足意見並びに最高裁昭和三七年(オ)第七五二号同四四年七月一一日第二小法廷判決・民集二三巻八号一四七〇頁における色川幸太郎裁判官の補足意見参照)。国籍離脱の自由と右のように解釈された外国移住の自由とは、現代の国際社会において強く保障を受けるものであり、政策的考慮に基づく制約を受けるべきものではない。憲法二二条二項が、同条一項の自由と異なつて公共の福祉による制限を明文上予定していないことも意味のあることといわねばならない。

以上のように解すると、一時的な海外渡航の自由は、憲法二二条一項によつて保障されるものと解するのが妥当であると思われる。同項にいう移転の自由は、住所を定め変更する自由のみでなく、人身の移動の自由を含むのであり、しかもこの移動は国の内外をもつて区別されないと考えられる。憲法二二条について、一項は国内の関係、二項は国外の関係を規律すると解する見解もあるが、形式的にすぎて適切ではない。したがつて、海外渡航の自由もまた、移転の自由に含まれることになる。このような移転の自由は、他の利益と抵触することも少なくなく、そのために公共の福祉を理由とする政策的見地からする制限を受けざるをえないのであり、憲法二二条一項が「公共の福祉に反しない限り」と特に明文で規定する趣旨もそこにあるとみることができる。海外渡航の自由に対してもまた、国際関係における日本国の利益などを考慮して合理的な制限を加えることが許されるのである(前記色川裁判官の補足意見参照)。

二 このようにして、海外渡航の自由は、移転の自由の一環として公共の福祉を理由とする制約に服するものである。しかし、その制約が合理的なものであるかどうかを判断するにあたつては、移転の自由、特に海外渡航の自由の持つ性質を考えておくことが必要である。もともと移転の自由は、人を一定の土地と結び付ける身分制度を固定させていた封建社会から脱却して近代社会を形成したときに、職業選択の自由の当然の前提として自由に住所を定めそれを移動させることを認めたところに発するものであり、それは職業選択の自由と結び付き(それらを同じ条文のうちに保障する憲法の例が多い。)、したがつて、経済的な自由に属するものと考えられていた。移転の自由を専らこのような性質を持つものと解する限り、現代の社会においては、政策的な理由に基づいて広い制約を受けざるをえず、どのような制限を課するかについて立法府の裁量の余地は大きいといわねばならない。しかし、今日では、国の内外を問わず自由に移動することは、単なる経済的自由にとどまらず人身の自由ともつながりを持ち、さらに他の人びととの意見や情報の交流などを通じて人格の形成に役立つという精神的自由の側面をも持つことに留意しなければならない。そこで、移動の自由の制約が合理的なものであるかどうかを判断するにあたつては、それがこの自由のどのような面を規制するかを考察すべきものと考えられる。そして、一般に、海外渡航の自由を制限する場合には、精神的自由の制約という面を持つことが多いのであり、それだけにたやすくその制約を合理的なものとして支持することができないのである。

三 このような観点に立つて、海外渡航の自由を抑止することとなる旅券の発給拒否処分の事由として旅券法一三条一項に挙げられるものをみてみると、その一号ないし四号の二の各事由は、公共の福祉に基づく合理的な制限であり、かつ、内容が明確であつて、合憲として是認することができる。問題となるのは、本件でその合憲性が争われている五号の規定である。所論は、この規定の定める拒否の基準は、極めて漠然かつ不明確であり、ほとんど政府の自由な裁量によりその拒否を決しうるとするに等しいから憲法に違反するものであると主張する。

確かに、旅券法一三条一項五号の規定する「外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」という旅券発給拒否の事由は、その内容が明確性を欠き、恣意的判断を招くおそれが大きいといえるかもしれない。もし、海外渡航の自由が専ら精神的自由に属するとすれば、その基準の不明確性の故をもつて、右規定は文面上違憲無効とされる疑いが強いといえる(最高裁昭和五七年(行ツ)第四二号同五九年一二月一二日大法廷判決及び同昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決における各反対意見参照)。しかしながら、前記のとおり、海外渡航の自由は、精神的自由の側面を持つものとはいえ、精神的自由そのものではないから、国際関係における日本国の利益を守るためなどの理由によつて、合理的範囲で制約を受けることもやむをえない場合があり、右の規定を文面上違憲無効とすることは相当でないと思われる。

このようにして、旅券法一三条一項五号の規定が文面上無効であるとはいえないが、そのことの故をもつて、その規定の適用が常に合憲と判断されることにはならない。海外渡航の自由が精神的自由の側面をも持つ以上、それを抑止する旅券発給拒否処分には、外務大臣が抽象的に同号の規定に該当すると認めるのみでは足りず、そこに定める害悪発生の相当の蓋然性が客観的に存する必要があり、このような蓋然性の存在しない場合に旅券発給拒否処分を行うときは、その適用において違憲となると判断され、その処分は違憲の処分として正当性を有しないこととなる。

四 そのように考えると、旅券発給の拒否処分について旅券法一四条の要求する理由の付記は、重要な意味を持つといわなければならない。この理由付記が求められているのは、法廷意見のいうように、拒否事由の有無について外務大臣の判断の慎重さと公正さを担保してその恣意を抑制するとともに、拒否理由を申請者に告知することによつて、不服申立てに便宜を与えるためであるが、この不服申立てには、適用違憲を主張することも当然に含まれており、したがつて、外務大臣が申請者の海外渡航には法の定める害悪発生の相当の蓋然性が客観的に存在すると判断した根拠が拒否の理由のうちに示される必要があると思われる。そうであるとすれば、単に旅券法一三条一項五号に該当するとのみ付記されているにすぎないときは、そのような蓋然性の存在を示すに由なく、法の要求する理由付記の要件を欠くものというほかない。同号の規定が抽象的であるだけに、理由において具体的な事実関係を明らかにして、適用について憲法に違背するものでないことを示さねばならないと解される。このようにして、海外渡航の自由の保障という憲法の見地からみても、本件一般旅券発給拒否に付された理由は十分なものでなく、本件処分は違法といわざるをえない。

(安岡滿彦 伊藤正己 木戸口久治 長島敦)

上告代理人柴田信夫、同菅充行、同谷池洋、同仲田隆明、同松本剛の上告理由

第一、原判決の憲法違背〈省略〉

第二、原判決の法令違背(理由付記の不備による違法性)

本件処分には理由付記の不備による違法が存するが、原判決はこの点に関する法令の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、理由付記の趣旨

旅券法一四条によれば、同法一三条の規定により一般旅券発給拒否処分をなすについては、理由を付した書面によりその旨の通知をしなければならないこととなつているが、本件処分に際しては単に同法一三条一項一ママ号に該当するというだけで、該当条文が掲記されたにとどまる。

ところで、現在では理由付記を要求する法の規定は効力規定であると解するのが判例通説であり、最高裁の判例では理由付記規定は次のような重要な法的意義ないし機能を有するとされている。

即ち、(1)処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制すること、(2)処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与えること、の二点である(最判昭和三八年五月三一日民集一七・四・六一七、判例時報三三七・二、最判昭和四七年三月三一日民集二六・二・三一九、判例時報六六四・二八、最判昭和四七年一二月五日民集二六・一〇・一七九五、最判昭和四九年七月一九日判例時報七五二・二一等)。右第一の点の重要性は「なんらかの意思決定をする場合に、理由を文書にしたためてみることによつて、判断がそれだけ慎重なものとなり、また内容的に適正なものとなることは、われわれが日頃よく経験するところである。」とする論者の指摘によつても(ジュリスト行政判例百選Ⅰ、二二三頁)よく首肯し得るところである。そして、右のような考え方は既に確定した最高裁判例である。

二、理由付記の程度

そこで、どの程度の理由付記をなすべきかについてであるが当然のことながら、理由付記が求められる前記のような趣旨、目的に照らし、どの程度の記載がなされるべきかは自ら定まるものといえる。

前記最判昭和三八年五月三一日によれば、「どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨、目的に照らしてこれを決定すべきである」とされるが、およそ、いかなる場合であれ、法が行政処分をなすについて理由の付記を要求している場合である以上、特段の事情のない限り、処分の根拠規定を示すだけで足りないことはもとより、相当程度の具体的理由を示す必要があるのは当然である。最判昭和四九年四月二五日民集二八・三・四〇五によれば「……その他一般に法が行政処分につき理由の付記を要求している場合の多くとその趣旨、目的を同じくするものであると解される。そうであるとすれば、そこにおいて要求される付記の内容及び程度は、特段の理由のないかぎり、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して当該処分がされたのかを、処分の相手方においてその記載自体から了知しうるものでなければならず、単に抽象的に処分の根拠規定を示すだけでは、それによつて当該規定の適用の原因となつた具体的事実関係をも当然に知りうるような例外の場合を除いては、法の要求する付記として十分でないといわなければならない。」とされている。右は青色申告書提出承認取消処分に関するものであるが、一般に法が行政処分につき理由の付記を要求している場合も同様であることを当然の前提とするものである。

理由付記の程度に関する多数の裁判例は青色申告の更正処分等に関するものであるが、「特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要とすると解する」(前掲最判昭和三八年五月三一日)、法人税青色申告更生ママ処分の理由として、単に「売上計上洩一九〇、五〇〇円」と記載しただけでは理由付記として不備である(最判昭和三八年一二月二七日民集一七・一二・一八七一)、「その記載をもつてしては、更正にかかる金額がいかにして算出されたのか、それがなにゆえに……課税所得とされるのか等の具体的根拠を知るに由ないもので」理由付記として不備である(前掲最判昭和四七年一二月五日)など、いずれもかなり具体的詳細に理由を付記すべきことを判示している。

更に、理由付記が要求されている場合には、付記された理由の記載自体において処分理由が明らかにされていなければならないものであり、処分の相手方が理由を推知できるか否かにはかかわりないものとされている(前掲最判昭和三八年五月三一日、同昭和四九年四月二五日、最判昭和三七年一二月二六日民集一六・二・二五五七、ジュリスト租税判例百選一六七頁、ジュリスト行政判例百選Ⅰ二二二頁)。行政処分の判断の慎重、合理性を担保して恣意を抑制する目的に照らせば、右の法理は当然のことである。

以上の理由付記の程度に関する最高裁判例の法理を要約すれば、理由付記の程度は、(1)いかなる事実関係に基づき、いかなる法規を適用して当該処分がなされたのかを明らかにすることを要し、(2)付記された理由の記載自体から処分理由が明らかになることを要し、たとえ被処分者の処分の理由を推知できる場合でも同様であること、が必要とされるということになろう。

三、本件処分における理由付記の不備

本件処分は憲法二二条に保障された国民の基本的人権に関する処分であり、旅券法一四条が理由を文書に付記することを規定しているのは、これによつて処分庁の判断の慎重、合理性を担保して、いやしくも国民の憲法に保障された基本的人権を侵害することのないようにすると共に、処分を受ける国民の不服申立の便宜に資することを目的とするものである。旅券法一三条二項において同条一項五号による拒否処分をなす場合には法務大臣とあらかじめ協議をしなければならないと特に規定する趣旨も、同号が同条同項のその他の各号に比べて極めて包括的なものとなつているため、特に処分庁の判断に慎重、合理性を期するためであり、ゆめゆめ国民の基本的人権を侵害することのないように慎重な配慮が施されているのである。

本件処分が憲法上の基本的人権に直接かかわる性質のものであること、又、右のような法の規定の趣旨から考えれば、本件処分に付記すべき理由は前記のような課税処分に付記すべき理由にもまして明確かつ具体的なものでなければならない。

ところが、本件処分の通知書には旅券法一三条一項五号が摘示されているだけで、これだけでは原告が同号にいう日本国の利益を害する行為を行なう虞れがあるというのか、又は、日本国の公安を害する虞れがあるのか、あるいはいずれにも該当するという趣旨なのか、さえ知るすべもない。もとよりいかなる具体的事実関係に基づいて同号に該当するというのか、まるで見当のつけようもない。先に述べた理由付記の程度に関する判例法理に則してこれをみるならば、本件処分の付記理由は、第一にいかなる事実関係に基づき、いかなる法規を適用して当該処分がなされたのかを明らかにすること、という要件を充たしていない。又、第二の要件である付記された理由の記載自体から処分理由が明らかになることをも充たしていない。それどころか、本件処分の場合はその記載からおよそ処分の具体的理由を推知することさえできない。

このようなことでは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意が抑制されることなど望むべくもないし、被処分者に対する不服申立の便宜供与という点についてみれば、これでは理由付記が全くないのと格別の差異がないといつてよい。何故なら、いずれにせよ不服申立をしてみなければ、何が具体的理由なのか皆目分らないから、不服申立をするべきか否か、不服申立に成算があるか否かの検討さえしようがないからである。

本件の場合、まさに理由付記を怠ることによつて処分の慎重、合理性が損なわれ、具体的根拠を欠いた恣意処分がなされ、しかも上告人は何故に旅券発給が拒否されるのか理解できないままに不服申立に及ばざるを得なかつたものである。

四、原判決の誤まり

原判決は、旅券法一三条一項は「旅券の発給を拒否できる場合を六つの類型に分けて具体的に明文化し、これらのいずれかに該当しなければ拒否処分は許されないとしているから、右拒否処分の理由付記の程度としては、どの条項で拒否したかを明示さえすれば処分庁の恣意は抑制されることになり、また申請者に対しても不服申立についての必要最少限度の便宜ははかられているものといいうる。」とする。

しかし、旅券法一三条一項の五号以外の各号は、成程、類型化がなされているというに値いしており、条項を示すだけでも処分の根拠となつた具体的事実関係を示すのとさして変らない効果を期待し得るかも知れない。しかし、五号は但ママの各号とは全く異なつて、極めて抽象的な不確定概念をもつて構成されており、ややもすれば処分庁の恣意が入り込みやすい危険を内包する条項である。具体的事実関係の認定及びこれにもとづいた「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞がある」かどうかの判断過程は時として極めて微妙なものである。かかる条項であるからこそ、これに該当する具体的事実関係を明記することによつて処分庁の判断に慎重、合理性を期さねばならないのである。

又、かかる抽象的な不確定概念による条項を摘示しただけでは、被処分者に対して不服申立についての何の便宜も与えたことにならない。被処分者は一体自分のどこがいけないというのか、あれこれ思いをめぐらせても、結局はどれも推測の域を出るものではなく、納得すべきかどうかの判断さえつかないであろう。不服申立をして成算があるのかどうかの見きわめをつける手掛りさえ何もないといわねばならない。原判決は「必要最少限度の便宜ははかられている」と判示するが、本件の場合何をもつて必要最少限度の便宜というのか、理解に苦しむところである。

原判決は続けて、「本件処分理由は、単に処分庁の権限の根拠規定を示したものではなく、被控訴人が同規定に該当するという本件処分に到達した理由を明示したもの」というのであるが、一体、本件処分理由のどこに「本件処分に到達した理由」が「明示」されているというのか、判決文としては余りにも根拠のない修辞を弄するものといわなければならない。

五、以上のように、本件処分には理由付記の不備による違法があり取消を免れないものであるが、原判決は、行政処分の理由付記についての確定した最高裁判例の法理を無視して、旅券法一四条の解釈適用を誤まり、本件処分の理由付記に不備はないとしたものである。かかる原判決の法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決は破棄を免れない。

尚、本件処分に対する異議申立手続の中においては、漸く上告人が日本赤軍と連繋関係を有する旨の理由が示されはしたが、かかる理由摘示自体、極めて漠然として具体性を欠き、理由付記として未だ不十分であるばかりでなく、かかる後続手続においてなされた理由付記によつて本件処分の瑕疵が治癒されないことも確定した判例の法理であることを付言する(前記最判昭和四七年一二月五日、同昭和四九年七月一九日、同昭和四九年四月二五日)。〈以下、省略〉

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